2014年12月11日木曜日

ブラームスっていいですね

 突然ですが、みなさんはブラームスお好きでしょうか。僕は何を隠そう大好きです。
 ブラームスさんの書く曲を聴いていると、素晴らしい旋律をうっとりと聴かせる一方で、それを横からちょっと眺めているやつが居る様に感じます。つまりは音楽家が、自らを可なり強力に客観視していると云う事でしょうか。自分自身の音楽の素晴らしさを味わいながらも、そこに、主観的にどっぷりと浸り切る事をしてはいないのでしょう。
 
 これは何も自らの音楽に身を任せ切れない―と云う事ではなく、むしろ疑い様もなく身を任せる為にこそ、この「横から眺めているやつ」が必要な訳です。こう云う音楽は聴き手がどんな状態にあろうと引き込めてしまえる力があります。つまりは、立派な作品でもあんまり熱っぽく語られたり、悲しみに浸り切ってしまわれると、逆に聴いていてどんどんと冷めていく事がありますが、ブラームスの音楽に関してはそう云う事がないのでしょう。そして恐らくはブラームスさん、そう云う作品でないとなかなか安心して人に聴かせられなかったのではないでしょうか。
 
 ちなみにこの「横から眺めているやつ」はベートーヴェンさんの音楽にも居ますが、ベートーヴェンの場合には時に高揚した主観が客観を説得し、手放し状態で音楽が鳴り出す事がありますが、ブラームスさんの音楽ではそうはならない様子です。これは2人のキャラクターの違いと思われ、当然どちらが優れているとか云う話にはなりません。『動』が『静』より勝っている訳でもなければ、『自由』が『秩序』より素晴らしい訳でもありません。その両方の距離感が、その作品にしか通れない心の侵入経路を作り出す訳です。そして僕個人的にはブラームスさんの方に取り分け共感を抱いてしまいます。(中野)