2012年12月7日金曜日

カレーライス!



もしあなたがどこか都心近郊のライヴハウスに足を運び、万が一その一角にて、ライオンのマークと「Psycho Kitchen」と云う文字の書かれた看板が出ているのを目にしたならば、迷わずそこでカレーライスを一皿注文する事、僕事強くお勧めします。きっとその一皿との出会いに、ちょっとした幸運すら感じる事となりましょう。

一見してなめらかなカレーソースには、実はたっぷりの野菜が溶け込んでいるのが、食べてみると分かります。おそらくは家庭で作るカレーライスに入っている様な、お馴染みの野菜ばかりですが(タマネギ、ニンジン、トマト)、それらがすっかりソースの一部になってしまうまで、相当の手間ひまをかけて“料理している”のでしょう。ぐぐぐっと凝縮された野菜の旨みや甘みが溶け出たカレーソースは御馳走です。

その、とろっとしたソースを、サックリとしたサフランライスにかけて、はふはふと食べる。これはもう、カレーソースとご飯だけで、いつまででも幸福感を味わえます。
そしてそのお皿の上には更にもう一つ。カレーソースと一緒に煮込んだ、いかにも食べ応えのある鶏の骨付き肉がデンッと乗っています。お行儀はさてき、豪快にかぶりつくのが美味しい食べ方です。

見た目には、いたってシンプルなチキンカレー。そしてそこには「子どもから大人まで大好きだろうな」と云う様な味わいがとじ込められています。そしてサフランライスには、仕上げに、ぱらり、とパセリが一振り。カレーライスとはやはり、こうあってほしいものです。(中野)

2012年12月6日木曜日

ロックオン!日記(或いは報告書)

何とか終わりました、録音。長かった....。
しかしまあ、長引いたおかげで録音するパートが分散され(ヴァイオリンに手間取ったから、歌録りは次回だね、アハハ―とか....)、各パートの準備期間が確保されたとも云えます。

今回は、我々が元々持っているスタイルとは別のところから曲が出てきた部分があって、その為仕上がりの確固たるイメージを保持して―と云うよりは模索をしつつの作業が続いた様に思います。
収穫としては、スタイルの外にある部分に自ら接近して行く事で、結果的にスタイルの幅が広がったと云う点でしょうか。最も、それでも身の丈に合わないものは身に付かないのですけどね。

楽しかったのは、しばしば録音作品に加える必要のある、“ライヴ演奏には無いもう1パート”(と云うものがあるのですが、以前書いた気がするので説明は割愛。あれ...書いていないっけ?...)を作るにあたり、曲を書いた際の自分自身とは距離を置いて、ピッピコピコピコと好きにギターやら何やらを重ねた事です(割と無責任にです)。

と云った次第にて、今回は自分達のスタイルと一致しない点を消化しながら、納得の行くものを作り上げていくと云う作業に骨を折った様に思います。
そして春九作さんが素晴らしいジャケット画を描いて下さっていたので、それに見合う内容を作らないといけないな―と云う気持ちもありました。

因みに以前予告した「買うのか高級弦!?」ですが、えーと、それまでよりも半ランク善いとされているものを買いました。音は 大差無い ちょっと善い。

それでは皆様、次回は「どうするどうなるミックス作業!?」にロックオン!(中野)

2012年12月2日日曜日

藤子・F・不二雄ミュージアムへ



平日の昼日中より@nozushiさんと共に行く大人の散歩。今回はかねてより目論んでいた藤子・F・不二雄ミュージアム行きがついに実現されました。こちらのミュージアム、何しろ休館日が我々の休みと重なっていた為、半年の間行きたくとも行かれずにいたところ、仕事の休みが変わり満を持しての訪問。殊更「ドラえもんチルドレン」であらせられるノヅ氏の喜びはひとしおだったに違いありません。

オープンと同時に入場の予定にて待ち合わせていた我々ですが、事もあろうにこの僕事登戸駅に行く筈が遥か乗り過ごし気付けば町田駅に(馬鹿か)。不慣れな小田急線とは云え酷い失敗。引き返す間、時間通りに到着していたノヅ氏はおそばを食べながら待っていてくれる。
そんな次第にて、何とか入場時間内に到着した我々(時間の制限がある)、ミュージアムの係員の方々もどこか藤子・F・不二雄さんの世界観と合致した風貌で(厳しい採用審査があるのでしょう)、我々の期待感も高まっていく。
そして館内はと云えば、月曜の朝にも関わらず多くの家族連れで既に可なりの賑わい。

僕事藤子作品には人並みに触れてきたものの、藤岡弘さん(と云うのが藤子・F・不二雄さんの本名です)について知っている事は皆無だったのですが、今回ミュージアムを訪れ、藤岡氏の、御家族との触れ合い方について知るに及び、この人は子どもに対する非常に強い感情移入を持ち続けていたのだと感じました。或いは自らが接する子ども達の視点を通して世界を見る事で、自身がかつて子どもだった頃に持っていた感覚をありありと感じられる方だったのではないか、と思いました。
例えば、藤岡氏は娘さんの朝食時には昨夜どんな遅くに寝ていても必ず起きて来て、食パンにバターやジャムを綺麗な模様にして塗ってあげた、とか(本当に手で塗ったのか、と思える様な美しい市松模様でした)。恐らくは“自分が子どもだったら、周囲の大人がどんな事をしてくれるとワクワクするか”と云った想像をごく自然にされていたのではないでしょうか。

さてここで、藤子さんが掲げておられた“SF”=“すこし不思議”と云う言葉に着目するに、子どもにとって世界は常に“すこし不思議”なものなのだと云えるのではないでしょうか。例えば僕事子どもの時分には今よりも死と云うものを日常に感じ、また、恐れてもいました。自らの死だけではなく、周りの人間の死も含めてです。それは「この世界において、何でも起こり得るんだ」と云う心構えがあった為と思われます。そして、死を身近に感じると、その分生と云うものが活き活きとしてくる、と云う事が云えましょう。まあ、「何でも起こり得る」と云ってしまっている時点で既に「不思議なものは無い」と云う事になる訳で、つまりは“SF”=“すこし不思議”は大人の言葉と云う気がしますが、それはさておき。
こうした「何でも起こり得る世界」に、無力な子どもとして居る事の心細さ、そこから生ずる不安感と云うものは、藤子作品においてしばしば描かれていると感じます。例えば「スネ夫のママ」が子ども同士の争いに首を突っ込み、無条件で我が子の肩を持ち“大人”と云う強い立場から一方的に相手の子どもに対して攻撃を行う様。こうした不公平性には、僕事依然強い恐怖を覚えます。また「オバQ」冒頭における忍者ごっこのシーンでは、遊びがエスカレートしていき、いつしか一線を越えて暴力を振るう快感(と云うものがちゃんと存在します)へと変わっていく予感が、どこか感じられます。そんな中、主人公を助けてくれる何か特殊な能力を持ったキャラクターが登場して話が面白くなっていくと云う次第ですが、助けてくれる何者かの登場は一方で、その者がいなくなった時どうなるのか、と云う不安感とセットな訳ですね(要は本人が成長しない事にはどうにもならない、と云う事なのでしょう)。
一方、死を身近に感じる事で生がより活き活きとする事と同様に、何でも起こり得る不安な世界において我々は時に心よりワクワクする様な体験もする事となります(それこそ藤子作品に描かれている事です)。またこうした不安感を持った状態は、しばしば感性を広げ、何て云う事のない風景が心に沁みたり、その時に聴いた音楽や読んだ文章は、自分の中で特別な位置を占めるものになったりもします。

大人になった我々は自我と云うものを認識し、また夜の闇を電気の明りで照らし、世界をコントロールする術を身に付けたかの様な錯覚を覚えていますが、今一度そこに潜む死の影に目を凝らす必要があるのだと感じます。

さて、ミュージアム屋外にはドラえもんの空き地を再現して3本の土管が積まれており、その横には件のドラえもんが。ノヅ氏の御要望にお応えして、氏とドラえもんのツーショット写真を撮って差し上げる。写真機を向けるに、氏はとても自然なピースサインにて応えてくれました。(中野)