2011年12月23日金曜日

現在普遍的と言われている作品(音楽にしろ、小説にしろ)は、往々にして普遍性を持つと同時に作られた当時の時代性や文化的な背景を反映しています。

ロシア文学者の亀山郁夫教授は、先日ベストセラーになったドストエフスキーの作品について『ロシアの荒涼とした大地が、現代のインターネット上の荒野とリンクする』といった内容の話をされていたけど(確か)、その作品が持つ時代性や文化的背景が、また別の時代性や文化的背景と何らかの繋がりを見せたとき、作品の持つ普遍性というものは時代や国境を超えて発揮されるのだと思います。

バンドで最初のアルバムを出した頃には何よりも普遍性を重要なものとして曲を書いていたけど、あるときに現代の時代性=現代性というものを強く感じる事があって(僕にはそれがひどく無機質で、プラスチックのようなものに感じられたのですが)、それを反映させて曲を書いてみようと思い立ちました(ごく自然に、です)。それは当時の僕としては―そしてバンドとしても―実験的な試みだったと言えるけど、その曲を練習するのは何やら楽しかった事を覚えています。

その頃から、僕が大好きな数多の作品も普遍性と同時にその時代性というものを強く反映しているのだなと(遅ればせながら)認識するようになり、普遍性と同じく現代性の反映も重要なものとして曲を書こう、等と考えた訳ですが―作品の質が向上したかどうかの判断は聴き手にゆだねるとして―その結果少なくとも、曲を書く事が以前よりも楽しくなったのは確かです。

ちなみに、この時の実験的な曲は『プラスチックハント』という名前を付けて、現在シングル盤にするべく準備中です。My Space で視聴もできるので興味を持たれた方は聴いてみて下さいね。(中野)

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