2012年1月6日金曜日

ときに極端な日本文化

現代では、日本人にとっても「和」というものが異文化になってきたように感じます。
 「和風デザイン」とかいうと敢えてそうしたという感じがして、我々(の多く)の日常と少し距離を置く趣があります。
例)
栄子「あたし一人暮らし始めるならぁ、部屋も小物もぉ、全部和で統一しよっかなって思ってんだぁ」
微意子「へええ」

日本文化には幾何学模様の入ったペットボトルのような面があって、そこに何らかの原色を注ぎ込む事でその模様が鮮明になると言いましょうか。
20世紀に欧米文化が大量に流れ込んできて、その中で生まれ育った世代としてはそれ以前の「和」というものが自分達とは少し距離をおくポジションに置かれるのが、まあ自然だという気がします。
ペットボトルの中身としては日本の場合「水」 の文化でありましょう。透き通っていて、目を凝らすと幾何学模様が見えてくる(目を凝らさないと見えないので、微妙な表現が発達する)。その「水」はしばしば流れ込んできた原色を薄めたりもします。 巷には大音量の歌謡曲を演奏する“ロックバンド”が多くいます。良いか悪いかはさておき。
一方で日本は時折強い原色を発します。

一位 縄文土器
二位 お相撲の体型
三位 歌舞伎の化粧

如何でしょうか。
歌舞伎はやれるところまでやっちまえ、といった様子が伺えますし、お相撲さんは相手を土俵の外に出すだけの為にあの体型に成る訳です。それ専用の、それだけの為の体型です。極端でありましょう。そして堂々の一位を獲得した縄文土器。ご存知の通り非常な、原始的な力を感じさせるデザインですが、他国と比較しても可なりユニークな発達の仕方をしているとの事。
通常、土器は農耕牧畜の時代に発達する物なのに(食べ物の調理や保存)、 縄文土器は縄文時代=狩猟採集の時代に作られている、あまり実用的とは言えない形からも、あれは生活の為の道具というよりも美術品なのだ、という話を聞いた覚えがあります。原始時代の美術品!

さてそれでは、ペットボトルとしての日本文化に、原色としての日本文化を注ぐとどうなるのか。
僕は岡本太郎氏の作品を連想します。
氏は「伝統を新しく作る」という事を言っていたように記憶していますが、それは自然であるように思えます。これまでの伝統文化が既に、ある意味合いにおいて異文化となっている訳ですから。

近頃こんなつじつま合わせが止められません。(中野)

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